犬とは愛そのもの


 最初に犬を飼おう、と言いだしたのは母だった。

 

 確か私は小学生だった。何で犬なんだろうと思ったけど、母の中では既に「大きい黒い犬」を家に呼びこむイメージが固まっていた。「大きい黒い犬」が顔をべろべろんに舐めて自分を起こす夢を見たから、だそうだ。しかも名前まで決まっていた。丁度そのとき読んでいたハードボイルド小説に出てくる探偵が「大きい黒い犬」を飼っていて、その名がいいのだと言う。とても賢くて大きくてかっこいい犬なんだと。って、そんな夢を見たのもその本のせいなのでは。
 「大きい黒い犬」と言えば何だろう。ドーベルマンマスチフニューファンドランド、、、、で、結局家に来たのはラブラドール・レトリーバーだった。真っ黒いラブラドール。黒ラブ。

 因みにこれはまだそんなにインターネットも盛んじゃない時代の話。そんな頃に一体どこで黒ラブの子犬を見つけたのかと言うと、地域の情報誌の「譲ります」のコーナーだった。子猫の里親募集とか不要になったピアノを譲りますとか、そういう投稿の集まる欄に「黒ラブの子犬、お譲りします」という一文があったのだ。 
 あれよあれよと話はまとまり、募集者の家に顔見せに行くことになった。聞けばご夫婦で黒ラブ2匹と暮らしていて、この度子犬が何匹も誕生したので縁のある方にお譲りしたいということだった。ちゃんと自分たちで会って、信頼できるひとたちかを判断したかったのだろう。

 

 玄関を開けた途端、黒い塊がふたつ飛びだしてきた。

 

 人の好さそうな若いご夫婦と、壮健な黒ラブ二匹の強烈なお出迎えだった。私は人生で初めてデカい犬にぶっしぶっしに匂いをかがれ、ぶん回される尻尾に足をしばかれまくり、ぶっちゃけめちゃくちゃビビっていた。けれど「ここで怖がったら子犬と会えない!!」と、死ぬほど我慢していたことを覚えている。というか、その記憶しかない。大人たちから見たらバレバレのやせ我慢だっただろうが、とにかく当時の私は私なりに必死だった。
 リビングに通されて座ると、まだまだご歓迎ムードの犬は目線の低くなった私たちへと、まっ黒く光る鼻を押しつけてくる。目線の先では、強靭な尻尾がテレビ台の上のナニカをなぎ倒していた。
 そのうち奥の扉が開いて、今度は小さな黒いもわもわが何個も転がり出てくる。子犬だ!!!


 親犬のそれとは比べものにならないほどひょろひょろの尻尾をピピピピピと振り回して、私たちの膝の上や床にゴロゴロと拡散する子犬たち。指を甘噛みしてくる様は大変愛らしく、顎の力もまだ大したことはないけど歯が細いので普通に痛い。しかい可愛い。
 群がってくる子犬たちに夢中になっていると、飼い主さんが「まだもう一匹いるよ~」と言う。開きっ放しになっている奥の部屋の物陰から、様子をうかがうようにこちらを覗いている一匹の子犬がいた。他の子犬たちは知らないニンゲンである我々に興味と好奇心をストレートに身体ごとぶつけてきていたが、その子犬だけは怖いのか素直じゃないのか薄暗い物陰から出てこようとしない。でも目はしっかりこちらを見ているので、興味がない訳ではないらしい。飼い主さんは「この子はちょっと変わってる」と笑いながら抱き上げて、こちらに連れてきてくれた。膝の上に置かれた子犬は大人しく、と言うより、ヒャーと固まってしまっているように見えた。

 

 その「ちょっと変わった子犬」が、私の新しい家族になった。